2019
06/22
土

通算17年間の現役生活で、セ・パ両リーグを渡り歩き、先発、リリーフ、野手と3つのポジションを経験した遠山昭治(現役時代の登録名は「奬志」など)。極め付きは阪神時代、1イニングの中で右下手投げの葛西稔と相手バッターの左右に合わせ、マウンドとファーストを行き来した「遠山・葛西スペシャル」。これほどバラエティーに富んだプロ野球人生を送り、ファンの記憶に残る選手も、なかなかいないだろう。
・【連載一覧】左サイドスローの美学

「お前、左バッターのインコースにシュートを投げられるか?」
1999年、野村克也氏が阪神の新監督に就任したときだ。遠山の左サイドスローを目に留めた野村監督は、そう声を掛けた。
「半ばハッタリで、“投げられます”と答えました。サイドから投げると、そこは自然とシュート回転になる。あのころ左のサイドは清川栄治さん(98年に引退)くらいしかいなかったから、そこで使ってもらって結果が出れば、一軍の投手陣に食い込むこともできるんじゃないかなと」
野村の監督就任に伴い、阪神にやってきた新投手コーチが八木沢荘六だったことも、不思議な縁である。遠山は85年ドラフト1位で阪神に入団。高卒ルーキーながら主に先発として投げ、プロ1年目は8勝を挙げた。しかしオフに肘と肩を痛め、91年にロッテオリオンズへ移籍。翌92年、新生・千葉ロッテマリーンズの監督に就いたのが八木沢だった。
「ロッテで最初ピッチャーをしていたとき、八木沢さんにイチロー(当時オリックス)をはじめとする左バッター対策として、サイドスローをやってみろと言われたんです。僕はもともとスリークォーターだったので、ちょっとした小細工ですね。それを八木沢さんが覚えていてくださったのでしょう。その後ロッテで野手になり、また阪神に帰ってきてピッチャーに戻ったけれども、上から投げていては他のピッチャーに勝てない。それなら思い切ってサイドにして、対左バッターを極めてみようと思いましたね」
当時、野球ゲームの中に「遠山奬志」というピッチャーがいた。バッター1人に投げただけでハアハア、肩で息をする。「よう捉えているもんだなあ」と苦笑した。ところがこの「遠山」、力がなくなってからも、左バッターのアウトコースに狙いセットしてみると、きちんとそこに投げ、バッターを打ち取るのだ。生身の遠山のほうは、投げミスもあるだろう。しかしミスをしたとしてもコース次第、あるいはお互いの調子次第では打たれない。それが野球というものだ。
「野球ゲームみたいな感覚で、組み立てやコントロールを考えました。サイドスローにすると、上下の組み立てではないんですね。横の幅をどれだけバッターに見せるか。僕はスピードがなかったから、内を見せておいて、どれだけ外を遠く錯覚させるか、それしかなかったんです。内のシュートか外のスライダーのどちらかを選択し、ボール球にするか、ストライクにするか。インコースのシュートなら反応を見るために、ボール球でいい。その代わり、外のスライダーは慎重だった。初球から打ってくるバッターはストライクだとどんどんバットを出してくるので、そこはボール球で相手の感じを確かめました」
左の好打者には野村監督の言う通り、インサイドの厳しいコースを狙わなければ抑えられない。「当てたらゴメン」の気持ちでインコースを攻めた。相手バッターも分かるはずだと思った。自分はそれだけ、このピッチャーに認められている証しだ、と。
「野村さんに言われたんですよ。“お前の給料は何百万やろう。松井(秀喜、巨人)は何億ももらっている。その中には、当てられ料も入っているんや”って(笑)。だけどね、投げるとき指先に“ここでリリースしたら、ボールはあそこにいく”という感覚を、このころ僕は身につけていたんです。ボールを握る指先が少しでもずれたら、ホームベース上ではボール半個分、違ってくる。今なら阪神の西(勇輝)君なんか、繊細に感じているんじゃないかなあ」


99年、遠山と松井の対戦は13打数ノーヒット。うち6つは三振(空振り三振が5、見逃し三振が1)である。“松井キラー”の誕生だった。
「僕はそれまでの松井君のデータに加えて、その日の松井君の状態、調子をよく見ていましたね。うまく打っているのか、ミスで凡打しているのか。そして、大事にしたのが初球の入り。インコースにシュートを投げたとき、松井君が振ってくるのか、それとも簡単に見逃すのか。あるいはちょっと打ちにいくポーズをして見逃すのか。それによって2球目、3球目の配球を変えていました。かといって、何か決まったパターンがあるのかといったら、そうではないんです。そのとき松井君が放っているオーラ――今日はどこに投げても打ちそうだなとか、今日は何か悩んでいるなとか。それに対する自分の直感を大事にしていました。ただ松井君は僕に対する意地もあったのか、ごまかしがないから、そこが逆に、僕には有利でしたね」
ハイライトは99年6月13日、甲子園球場。7回表2死三塁、ネクストに松井秀喜を置いて、前打者の代打・石井浩郎を迎えたときだった。野村監督が「石井敬遠、松井勝負」のサインを出したのだ。
「“え~っ!?”と思いました。あのときの松井君の顔は、すごかった。怖かったです。一瞬見て“うわっ!!”と思ったから、僕はもう見なかった。でもそれ以上に、松井君の力が入っていたんですね。空振りの三振が取れるとは……」
松井の他にも、左打ちの良いバッターがセ・リーグにはそろっていた。高橋由伸(巨人)、立浪和義(中日)、金本知憲(当時・広島)、福留孝介(当時・中日)……。ロベルト・ペタジーニ(当時・ヤクルト)にはよく打たれた。
「立浪君はパターンがあって、結構カウント、カウントで決め打ちをしてくるんです。普通だったら、ここは引っ張るだろうというところで流してくるとか。読めないバッターの一人で、面白かったですね。高橋君は天才肌で、プライドの高い選手なんだなと思いました。まったく打つスタイルを変えてこなかったから。その分、こちらとしては組み立てを変えなくていいので楽だった。松井君は、変えてきたんです。それまで空振りしていたところをファウルにしたり、届かなかった場所をファウルにしたり。考えているんだな、と思いましたよ」
“松井キラー”と呼ばれるのはありがたかったが、自分がマウンドに上がるのは、自軍がピンチで、巨人が押せ押せムードの場面。相手をヘタに刺激して燃えさせても困ってしまう。一方では「もうあんまり言わんといてや」という気持ちもあった。

「『遠山・葛西スペシャル』は、“一回でも失敗したら、もうやらん”と野村さんが言っていたのに、失敗せず続いてしまった(苦笑)。あれはまあ、しんどかったですよ。一度マウンドを降りてファーストに行って、またマウンドというのは、モチベーションの維持が難しい。2回目に上がるときは、ボールが行ってないんです。葛西だってファーストに行くのは、嫌だったと思います。僕は一応ファーストもやったことがあったけど、アイツは経験がなかったし、僕がマウンドにいると左対左だから、打球が飛んでくる可能性も高い。僕だって、ファーストを守っていたときは、“飛んでくるなよ”と思っていたし、“野手のみなさん、ショートバウンドはやめてください”と心の中で念じ続けていましたから。だいたい、もう一回マウンドに上がるときの組み立てはどうしようかと考えながら、ボールが飛んで来たらどうしようかと心配しているなんて、バタバタですもん」
それ以前に、一度マウンドに上がったら、1イニングは任せてほしかった。右バッターにも投げてみたかった。そうすれば、ファーストにだって行かなくて済む。葛西もまた、そう思っていたはずだ。
「1人、2人に投げるんでも、あれはものすごく疲れました。あるとき取材で、“遠山さん、投げた後ベンチに帰るの速いですよね?”と言われて、“本当にあれ、しんどいんですよ。もう(グラウンドに)いたくないんですよ”って答えましたもん(笑)」
プロ野球の世界に入ったとき、「10年もできるのかな」と思った。それが、最後はボロボロになり、自分の体をごまかしながらも17年。引退を決意し夫人に告げたとき、「もういいんじゃない」と言われ、肩の力がスッと抜けていくのを感じた。
「左のサイドスローは、誰もができることじゃない。体の構造や柔らかさ、器用さなどで、やろうと思ってもできないピッチャーも多いでしょう。ただ、やれる人間は、長くできる。でもね、今もそうでしょうけど、大学でもプロでも、監督やコーチから“やれるか?”と聞かれたら、選手は“やります”と言うしかない。僕はサイドにするときもそうだし、ファーストをやれるかと言われたときもそうだった。“できません”とひと言言ったら最後。働き場がなくなるんだから、やるしかない(笑)」
やってやれないことはない。やらずにできるわけがない――遠山の野球人生は、そんなことの連続だった。(文中、敬称略)
(企画構成:株式会社スリーライト)

1967年7月21日生まれ。熊本県出身。八代第一高時代は高校通算69勝3敗。ノーヒットノーランを11回記録し、打者としても打率.440、35本塁打をマーク。85年のドラフト会議で阪神から1位指名を受け入団。ルーキーイヤーからローテーション入りし、8勝を挙げる。91年にトレードでロッテオリオンズに移籍するも、95年に打者に転向。97年シーズン終了後にロッテから戦力外通告を受け、翌年に古巣・阪神の入団テストに合格し再入団。「野村再生工場」のもと見事に復活を果たし、「松井キラー」としてファンを沸かせた。2002年の引退後は、阪神の二軍投手コーチ、育成コーチを歴任。現在は関西地方を中心に野球解説者として活動している。
左サイドスローの美学
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