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2019 07/12

広島・元広島カープの松坂世代、梵英心の2018年






 2018年4月、プロ野球・中日の松坂大輔投手が国内では12シーズンぶりの勝利を挙げた。神奈川・横浜高で1998年の甲子園大会春夏連覇を果たし、米大リーグでも活躍した日本を代表する右腕が復活。松坂投手と同じ1980年度生まれのいわゆる「松坂世代」も再び話題となった。

 その松坂世代の一人で、17年まで広島カープで活躍した梵英心内野手が18年、栃木県小山市を拠点とする社会人野球チーム・エイジェックに内野手兼コーチとして加入した。新たな野球人生を踏み出した梵選手がどんな日々を過ごし、何を求めてボールを追っているのか。話を聞いた。(時事ドットコム編集部・舟木隆典)

 ◇ ◇ ◇

 人材派遣業などのエイジェックに社会人野球チームが発足したのは、18年2月。9月の社会人野球日本選手権予選が初めての公式戦となる。練習拠点は、小山市内の閉校した小学校。校舎や体育館、校庭、近隣の野球場などが練習場所だ。

 「月曜日から土曜日までが練習というスケジュールです。コーチも兼任しているので、午後から練習の日は、午前に選手のデータを見たり、つくったり、選手個々の課題を見つけて練習メニューを考えたり、どういう方向性に持っていくのかを考えたり、いろいろやっています」



「ありがたいことに、野球に専念させてもらっています。こんなに野球漬けの環境はそうはないと思います。出来たてのチームで、本当にありがたいですね。今度予選があるので、そこで何とか結果を残せたらなという気持ちです」

 カープ時代は新人王や盗塁王のタイトルを獲得。主力選手として活躍した梵選手だが、エイジェックでは正社員として在籍している。

 「一般的なサラリーですよ。元プロ野球選手だからすごくもらっているという世界ではないです。サラリーマン出身、社会人だったので、金銭感覚はそれなりに持っているつもりです」

 充実した毎日を過ごしている梵選手だが、新天地が決まるまでの道は長かった。





2017年10月、梵選手はカープを自由契約となった。

 「現役をやめる理由が見つからなかったんです。まだ若い選手には負けない気持ちもあったし、もう少し頑張ればチャンスをつかめそうで。球団も自由契約にしてくれて。NPBのどこかに行けたら一番よかったんですけど」

 移籍先が決まらないまま迎えた18年2月、日産自動車の先輩に当たる養父鉄さんから米独立リーグへの挑戦を薦められた。

 「アメリカに渡ってみないかと声を掛けてもらって、さらに厳しい道だとは思いましたけど、わずかな可能性があるのなら行くしかない。家族も後押ししてくれました」

 2月中旬から約2カ月、米国で移籍先を探したが、それも不調に終わった。そんな時にエイジェックから声が掛かった。

 「一番は野球選手として見てくれたので、それが決め手ですね。栃木県で野球部を立ち上げて、小学校を改修して活動していると知って、すごく面白いなと思ったんですよね。それも含めてすべてが合致して、飛び込んでみようかなと思いました」



 梵選手は駒沢大時代、4年秋のシーズンを残して退部。卒業後入社した日産自動車で社会人ベストナインに選ばれるなど頭角を現し、プロ入りにつなげた。社会人野球に育てられた選手と言える。

 「かっこいい言い方ですけど、社会人野球に何か恩返しできないかな、と。エイジェックはスポーツ選手のセカンドキャリアをサポートしている会社でもあったし、野球人口の減少に対して何か行動できないかなというのもずっと思っていました。アマチュアから発信していこう、できることは全部やっていこう、と思っています」

 新たなスタートを切った栃木で、梵選手は同じ松坂世代のある選手と再会した。元巨人の村田修一選手だ。





 村田修一選手は、2017年に巨人を自由契約となった。現役続行を希望し、独立リーグのBCリーグ、栃木ゴールデンブレーブスへ入団。栃木はエイジェックが運営するチームで、社会人チームのエイジェックと同じ施設で練習している。

 「村田が行ったところと同じグループのチームだというのは知っていたので、決まったときに、じゃあ連絡をしておこうと思って電話しました」

 梵選手と村田選手は大学時代、同じ東都大学リーグでプレー。プロ入り後もセ・リーグで長く競い合った。

 「プロのときはプライベートで何回かご飯に行ったり、グラウンドで『おはよう、お疲れ』くらいの、たわいない同級生の会話をしたりとか、そんな距離感でしたね」

 村田選手はプロ通算1865安打、360本塁打。節目の2000安打は目前に迫っていた。村田選手が閉校した小学校のグラウンドで練習に励む姿は、梵選手の目にも飛び込んできた。

 「村田はとっつきにくい性格とか言われているじゃないですか。でも、そういう部分はまったく見えなかった。校舎からグラウンドを見ていると、若い選手にしっかりアドバイスをしている。あいつなりに頑張っているのかなというのは伝わってきます。『あいつがやっているんだったら、俺ももうちょっと頑張らないといけないな』って、やっぱり思いますよね。同級生ってそういう意識で見ちゃうし、それが活力になるというのは正直あります」



 村田選手は8月、今季限りでの引退を表明。「引退という言葉を使いたくないが、来年野球を続けることはない」と語った。

 「僕の勝手な思いですよ。村田と直接そういう話をしたとかではないんですけど、村田はまだ野球に対して何か求めているんだろうなと思いますね。野球のことを勉強したいんだろうな、野球に向き合いたいのかなというのを感じます。僕もここにたどり着いて、改めて野球が好きだとか、野球がしたいということに気付いたので、村田も多分そうだと思います。それも勝手な思いですけどね」







 梵選手は、復活を遂げた松坂大輔投手、「松坂世代」についてはどう思っているのか。

 「すごいですよね。もう一ファンとして見ています。本当に頑張ってほしいなと思いますよ。テレビとかで名前が出たら、見ちゃいますもん。刺激はやっぱり受けますよね。相乗効果になるかは分からないですけど、片思いみたいなものですよ(笑)」

 「僕はプロ入りが大学から社会人3年の後ですから、他の選手はバリバリやっていて、すごく大人っぽく見えた。何十年やっているように見えていました」

 2018年、38歳となった松坂世代の選手たちの歩む道はさまざまだ。現役を続ける選手、既に引退した選手、そして、梵選手や村田選手のように新たな道を模索する選手―。梵選手も、30歳を過ぎた頃からさまざまな思いを胸に抱えながらプレーしていたという。

 「自分ではベテランって全然思ってなかったんですけど、徐々に周りからベテランと言われるようになる。若手に何かを伝えたい気持ちが出てくるんですけど、競争ですから、もしその若手が出てきたら僕の立場は危なくなる」

 17年は、仲がよかった後輩の安部友裕選手が活躍。梵選手と同じ三塁の定位置をつかんだ。

 「『よくやった、頑張った』という気持ちと…五分五分ですよね。こいつが駄目だったら、もしかしたらチャンスがあるかもしれない、その時のために準備をしないと、という気持ちもありましたし」

 エイジェックでは、自らの立場を明確にとらえている。

 「このチームはBCリーグ出身、大学を中退した選手、いろんな選手がいます。そういう選手に、僕が知っている物をすべて渡してあげたい。教えるのは難しいですね。持っている引き出しを全部渡して、その中から選んで自分の物にしてもらいたいんですけど、その分自分が勉強しないといけない。試行錯誤しながらやっています」

 「テレビで試合を見ていても、『こういうことがあるんだ』って、いつも勉強です。何かヒントがないかなってアンテナを立てておかないと、これからは生きていけないと思うので」







 梵選手は広島出身。小さい頃からカープファンで、選手としてカープに12年在籍した。そのカープと、梵選手との絆は退団後も生きている。カープの選手にエイジェックへ道具を届けてほしいとお願いしたところ、安部選手や菊池涼介選手らが応じてくれたという。

 「『道具がちょっと足りないんだ、何でもいいから余っているような道具を送ってくれないか』と言ったら、快く引き受けてくれて、本当にありがたいですね。選手には『感謝して大事に使いなさいよ』と言っています」

 2016年、カープは25年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした。長い低迷期で主力を務めた梵選手は、16年はわずか7試合の出場にとどまり、連覇を果たした17年は試合出場がなかった。「強いカープ」は、梵選手の目にどう映っているのか。

 「底力があるなあと思って見ています。選手がすごく伸び伸びしていて、自信を持ってやっているので、1個のミス、1個の負けを引きずっていません。それが昔との違いですね」

 指導者としてカープに戻る日は来るのかと尋ねると、梵選手はこう言った。

 「興味はあります。でも、(カープの指導者に)なりたいという願望は今はないです。今はエイジェックの選手にすべてをささげたい気持ちでやっています。だから、中途半端な気持ちでやったら、今の選手、今のチームに申し訳ない。今はここですべての力を注いで、もし、そういうタイミングが来るなら、その時のために自分も成長しないといけないなというのは、頭の片隅には置いています。でも、それがすべてではないです」

 ◇ ◇ ◇

 梵 英心(そよぎ・えいしん) 広島・三次高、駒沢大、日産自動車を経て2005年の大学・社会人ドラフト3巡目で広島から指名を受け、入団。1年目の06年に123試合出場、8本塁打、13盗塁の成績を残し、新人王に。10年には盗塁王(43盗塁)のタイトルを獲得し、遊撃手としてゴールデングラブ賞に選ばれた。17年シーズン限りで退団。プロ通算1096試合出場、990安打、74本塁打、135盗塁。18年から社会人野球のエイジェックで内野手兼コーチとしてプレーする。1980年10月11日生まれ、広島県出身。173センチ、76キロ。右投げ右打ち。


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